横浜FMが直面する「構造的停滞」とは
2025年シーズン、5度の優勝を誇る名門・横浜F・マリノスが苦しんでいる。迷走は偶然でも一過性でもない。リーグ戦では下位に沈み、AFCチャンピオンズリーグでもアジアの強豪との実力差を露呈した。そこにあるのは、単なる一時的な不振ではなく、クラブ全体における「構造的な停滞」である。
攻撃的サッカーというフィロソフィーは、ポステコグルー体制以降クラブのアイデンティティとして定着した。だが、そのスタイルを「継承すること」自体が目的化し、勝利との接続が失われつつある。ポステコグルーから引き継いだケヴィン・マスカットが率いた2023年シーズンはリーグ2位という結果だった。だが、すでにその時から綻びは見えていた。支配率にこだわるあまり、試合のリズムや流れを読む“試合巧者”としての振る舞いを忘れてしまっていたからだ。
この局面で参考となるのが、かつてサンフレッチェ広島を3度の王者へ導いた森保一の「現場主義」である。
森保流“減算の戦術設計”
森保が2012年に広島を率いたとき、クラブは財政面での制約も抱えていた。外国籍選手に頼ることなく、Jリーグ内での育成と再配置を軸に戦わなければならなかった。そこで彼が選んだのは、「持っていないものを嘆くより、持っているものを最大化する」という発想だった。
戦術的には3-4-2-1を採用し、ビルドアップではボランチの縦関係、守備時は5バックへの可変でリスクマネジメントを徹底。全員守備・全員攻撃を掲げながらも、明確なポジション原則と局面ごとの判断基準をチームに浸透させた。
一方で、横浜FMの現在のサッカーには、そのような“減算による戦術設計”が見られない。攻撃の美学はあっても、守備時の立ち位置や切り替えの強度にチーム全体の一貫性がなく、選手の判断が場当たり的になっている。局所的な美しさはあっても、試合を通して勝ち切る合理性が希薄だ。
戦術を哲学に変えるのは「現場の対話」
森保の強みは、戦術家である前に「現場に寄り添うマネージャー」であった点だ。
選手との対話を重視し、感覚と言葉を擦り合わせながら理想を現実の戦術へと落とし込んだ。
特に印象的なのは、役割を固定せず「選手が生きる配置」に柔軟に変えたことだ。
これはクラブと監督の関係にもつながる。
スタイルを掲げるのは大切だが、固定化や神格化は選手の創造性を奪う。
スタイルは目的ではなく、あくまで戦うための手段にすぎない。
森保の哲学は、そのことを一貫して体現していた。
横浜FMに必要なのは“リセットと再定義”の勇気
マリノスのサッカーはいま「変わらないこと」がリスクになっている。
変えないことを理念の堅持とする誤った信仰が内部に根付いてはいないか。
クラブのフィロソフィーを再定義し、現実的な成果につなげるには、監督任せではなくクラブ全体の構造改革が欠かせない。
戦術面では、リトリートからのカウンターやセットプレー強化、起用のローテーション管理など、「勝ち点を取りに行くサッカー」へのシフトも必要だ。
実際、21日の岡山戦と25日のFC東京戦では複数のセットプレーがあったが、一度も決定機を作れなかった。
下位低迷の中で理想を語り続けることは、もはや勇敢ではなく無責任に近い。
必要なのは派手な補強でも奇抜な戦術でもない。
ある戦力を見極め、現実に即した設計を行い、足元から積み上げる覚悟である。
森保一が広島で示した再建のプロセスには、その要素がすべて詰まっている。
森保の言葉が示す「再建のヒント」
25日のFC東京戦後、観戦に訪れていた森保監督はこう語った。
「自分も立て直せなかった時がありますし、簡単ではありません。
下位低迷のチームの問題や課題が同じかといったら、色んな違いがあります。
どうすれば問題を解決できるかは一番近くにいる方々が理解しているはずです。
ひとつ確かなのは結果が出なければどんどんプレーが消極的になること。
ミスを恐れて思い切ってプレーできなくなることは、良い結果にはつながりません。
だからこそ、大胆さは大切です。
チームとして想いやコンセプトを共有し続けることが解決策になると思います」
マリノスもまた「変わらない勇気」ではなく「変える覚悟」に舵を切るべき時だろう。
理想を追い続けるためにこそ、現実と向き合う姿勢が求められている。
再起への道は、地道で静かな改革から始まる。
推薦書籍|森保一の監督哲学を体系的に学ぶ
『プロサッカー監督の仕事 非カリスマ型マネジメントの極意』(森保一 著)
指導者としての華やかさより、現場に根差した実践力を重視する森保一監督が、その原点ともいえるマネジメント哲学を初めて明かした一冊。選手との信頼構築、戦術の現場落とし込み、強者と戦い続けるための組織運営論まで、“非カリスマ型”の指導者像を体現するリアルな教科書。
「カリスマではない指導者」の勝ち抜く現場力を学ぶ。採用の視点にも活きる一冊。
プロサッカー監督の仕事 非カリスマ型マネジメントの極意 [ 森保一 ]
価格:1760円
(2025/6/28 00:07時点)
感想(4件)
