「主役ではない時間」が作った現在地
2025年12月24日横浜F・マリノスは、近藤友喜の加入を公式発表した。
体格で圧倒するタイプではないが、ボールを受けた瞬間の初速と、迷いのない判断で局面を前に進める右サイドのMFだ。名古屋ユース昇格見送り、前橋育英での競争、日本大学を経たプロ入り。近藤のキャリアは、常に「即戦力扱いされない側」から始まっている。
それでも役割を理解し、与えられた仕事を積み上げることで居場所を作ってきた。マリノス加入という新たな舞台で、何が評価され、どこが注目点になるのか。
これまでの歩みとプレースタイルを一次情報ベースで整理する。
初速と判断で居場所を作ってきたサイドプレーヤー
近藤友喜は2001年3月21日生まれ。愛知県春日井市出身。身長172cm、体重64kg。利き足は右。主戦場は右サイドのMFだ。
体格的に突出したタイプではない。空中戦やフィジカルで優位を取る選手でもない。それでもピッチ上で存在感を失わない理由は明確だ。
最大の特長は、ボールを受けた瞬間の初速と判断の速さにある。縦へ運ぶのか、外に逃がすのか。あるいは一度止めて味方を使うのか。その選択が早く、結果として攻撃のリズムが止まらない。
派手な突破や数値が先行するタイプではないが、90分の中で何度も顔を出し、攻撃の連続性を保つ役割を担ってきた。ゴール数だけでは測れない貢献が、この選手の価値を形作っている。
主役になれない時間が作った下地
近藤のスタイルは、育成年代の立ち位置とも無関係ではない。
前橋育英高校では、常にチームの中心にいたわけではなかった。入学当初はBチームからのスタート。全国屈指の競争環境の中で、右サイドという自分の持ち場を早い段階で定め、スピードと判断で違いを出す役割に徹していた。
この時代、1学年上や下には将来プロで活躍する選手が大勢いた。その中で主役になれない時間を過ごした経験が、「与えられた役割を全うする」現在の姿勢につながっている。
自分が何者で、何を求められているのか。その理解を深めた高校年代は、派手さはなくとも、キャリアの土台になった。
札幌で積み上げた数字が示す「外せない理由」
| 年度 | 所属クラブ | リーグ | 出場 | 得点 |
|---|---|---|---|---|
| 2021 | 横浜FC | J1 | 2 | 0 |
| 2022 | 横浜FC | J2 | 9 | 0 |
| 2023 | 横浜FC | J1 | 30 | 2 |
| 2024 | 北海道コンサドーレ札幌 | J1 | 29 | 5 |
| 2025 | 北海道コンサドーレ札幌 | J2 | 32 | 5 |
日本大学を経て、近藤は横浜FCに加入する。
2021年、2022年は特別指定選手としてトップチームの環境に身を置いた。出場機会は限られていたが、Jリーグの強度とスピードを体感する時間でもあった。
大学時代、近藤は競争の中にいた。一方で、内定が出たことで周囲の視線が変わる現実にも直面している。「抜かれても仕方がない」と見られる空気。
競争が希薄になる環境に違和感を覚えたことを、後に本人は語っている。
この大学年代には、後に横浜F・マリノスへ加入する木村凌也が在籍していた。近藤が4年生、木村は1年生。同じピッチで日常的に競い合う関係だった。
高校時代に培った「立場を理解する感覚」は、大学でも変わらず生きていた。
札幌で積み上げた数字と役割の明確化
2024年、近藤は北海道コンサドーレ札幌へ完全移籍する。ここでキャリアは大きく動いた。初年度からリーグ戦29試合に出場し5ゴール。続く2025年シーズンも32試合5ゴールを記録している。
守備面で課題を抱え、スタメンを外れる時期もあった。それでも改善を重ね、最終的には欠かせない存在として定着した。
サイドでの突破力はリーグでも評価され、複数クラブからの関心が報じられる立場になる。
重要なのは、札幌で役割が明確になった点だ。近藤は主役ではない。だが、流れを切らさず、相手DFの判断を遅らせ、味方に時間を与える。
その積み重ねが数字として表れた2年間だった。
再会が示す、マリノス加入の意味
2026シーズン、近藤友喜は横浜F・マリノスへ加入する。
高校年代では前橋育英高校で角田涼太朗、渡邊泰基の一つ下の世代にあたる。大学では木村凌也と同じピッチに立っていた。
高校、大学、それぞれの年代で関わってきた選手たちと、再び同じクラブに集う。これは偶然ではあるが、無関係ではない。主役ではない時間を共有してきた経験が、環境適応の下地になっている。
競争の激しいマリノスにおいて、近藤は派手さではなく「判断」と「初速」で居場所を作るタイプだ。積み上げてきた役割理解と、過去の関係性が交わる場所として、この加入は意味を持つのではないか。


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