【3分でわかる】小池裕太(現:栃木シティFC)ってどんな選手?|経歴・プレースタイルを解説

小池裕太が下した完全移籍の決断

2026年1月3日。DF小池裕太が栃木シティへ完全移籍することが発表された。前所属のヴィッセル神戸では、J1王者の厚い選手層に阻まれた。リーグ戦での出場機会を掴みきれず、1年での退団となる。

「チームの力になれず悔しい」。小池は神戸を去る際、そう無念を口にしている。2026年、新天地に選んだのは自身の原点である栃木だった。小池は1996年生まれの29歳。172cm、68kgと小柄ではあるが精度の高い左足と複数ポジション可能なポリバレント性が魅力の選手である。

この年齢でのカテゴリー変更ではあるが、本人のコメントには力強い言葉が並んだ。「地元でプレーできる事が嬉しい」。それ以上に「相当な覚悟を持って来た」と強調する。

29歳、キャリアの全てを懸けた帰還だ。故郷のクラブを押し上げる戦いに、不退転の決意で挑む。J1の頂点を知る男が、あえてカテゴリーを下げてまで成し遂げたいもの。その答えは、これからピッチの上で示されることになる。


小池裕太が歩んだ波乱の軌跡

小池裕太 選手のキャリア成績

クラブ(カテゴリ) 出場 得点
2016 鹿島(J1) 0 0
2019 鹿島(J1) 14 1
2020 C大阪(J1) 4 0
2021 C大阪(J1) 5 0
2022 横浜FM(J1) 8 1
2023 横浜FM(J1) 3 0
2024 横浜FM(J1) 1 0
2025 神戸(J1)

出典:Jリーグ公式(2025年12月確認)

小池裕太の歩みは挑戦の連続だった。流通経済大学在学中の2018年、ベルギー1部のシント=トロイデンと契約する。大学生が欧州でプロ生活を始める。この異例の選択が、彼のキャリアを象徴している。

2019年には鹿島アントラーズへ期限付き移籍した。「逆輸入」でのJリーグデビューだ。同年7月6日のジュビロ磐田戦。左サイドのタッチライン際から放った鋭いクロスが、そのままネットを揺らした。これがJ1通算500勝を飾るプロ初得点となる。

その後、2022年に横浜F・マリノスへ移籍。ここでも磐田戦で得点を挙げるなど、攻撃性能を発揮した。同シーズン、チームはJ1優勝を果たす。小池もその一員として栄光を掴んだ。しかし、2023年以降は再び大怪我に見舞われる。

2024年も公式戦出場が限られる、悔しい時間を過ごした。ポテンシャルは誰もが認める日本代表級だ。だが、筋肉系のトラブルや重傷に泣かされてきた背景がある。その実力を完全燃焼させる場を、彼は常に求め続けてきた。


ポテンシャルが試される栃木での挑戦

神戸での1年を経て辿り着いた、地元での再出発。これは「完全復活」をかけたラストチャンスとも映る。ピッチ上での役割は極めて明確だ。一振りでスタジアムの空気を変える「魔法の左足」。その一撃が、チームの閉塞感を打ち破る鍵となる。

数字だけでは伝わらない、彼の左足が持つ独特の質。それは対峙する守備陣にとって、計算不可能な脅威となるはずだ。栃木シティには鈴木武蔵ら実力者も名を連ねる。彼らと共に、栃木のサッカー熱を最高潮に高める役割が期待される。

一度立ち止まって考えると、彼の課題は常に「継続性」にあった。圧倒的な個の能力を持ちながら、怪我によってその流れを断ち切られてきた。栃木での挑戦は、己の身体との対話でもある。29歳の円熟味が、そこにどう加わるか。

急成長を続ける栃木シティという環境。そこは、彼が再び輝きを取り戻すために最適な場所かもしれない。地元サポーターの視線を受け、背番号「左足」が再び躍動する準備は整いつつある。


栃木シティで見せる「覚悟」の正体

今回の移籍で強調された「覚悟」という言葉。それは単なるUターン移籍ではないことを示唆している。急成長を続ける栃木シティの「顔」となる決意だろう。結果で昇格をもたらす責任を、自ら背負い込んだ形だ。

見落とされがちなのは、彼が「勝者のメンタリティ」を運んできた点にある。鹿島や横浜FM、神戸といった名門で培った経験。それは、J1優勝を経験した選手にしか持ち得ない財産だ。戦術的なフィット以上に、その姿勢がチームへどう波及するかが注目される。

2026年、カンセキスタジアムとちぎ。再びあの理不尽な弾道が、栃木の空を切り裂く瞬間を待つ。その一振りが、クラブの歴史を新たな章へと導く。あの2019年に見せた衝撃を、今度は故郷のファンの前で再現するはずだ。

小池裕太が選んだ、険しくも情熱的な道。その第一歩は、栃木のサッカー界に新たな風を吹き込む。視線はすでに、開幕のピッチへと向けられている。


コメント

タイトルとURLをコピーしました